Dr. Morimoto’s pain clinic ドクター森本の痛みクリニック
99 脳卒中後疼痛
痛み止めではなく抗うつ薬を
Sさん(六十七歳、男性)は、「二年前に右視床出血で手術を受けたのですが、術後一カ月ごろから、麻痺(まひ)している左半身にジンジンとした強い痛みが表れました。方々の病院でいろいろな痛み止めをもらいましたが、まったく効きません」と、外来を受診された。Sさんのように、脳卒中(脳出血と脳梗塞(こうそく))により半身麻痺を生じた場合、麻痺が存在する部位に一致して痛みを感じることがある。この痛みを「脳卒中後疼痛(とうつう)」と呼ぶ。
一九〇六年に、視床(末梢(まっしょう)からの感覚情報の中継点)での出血後に、麻痺とともに耐え難い痛みの起こることが指摘され、「視床痛」と定義された。しかし、その後、この痛みは視床のみではなく、大脳皮質や脳幹でも起こることが明らかになり、「求心路遮断痛」としてとらえられている。
感覚が低下している部位に、ジンジンとした灼(や)けるような痛みが持続する。さらにはストレスや、通常は痛みを引き起こさない程度の刺激によって、激烈な発作痛が誘発される。なお、これらの痛みが発生するまでには、通常数週間から数カ月を要する。
ペインクリニックでは、星状神経節ブロックや経皮的埋め込み脊髄(せきずい)電気刺激法を行うが、一般的に、求心路遮断痛では痛みのある領域や損傷を受けた部位を治療しても効果を得ることは難しい。したがって、脳神経外科に、脳刺激装置(視床知覚中継核や大脳皮質運動領野を刺激する)の埋め込みを依頼することも多い。
Sさんのように、ほとんど効果の期待できない消炎鎮痛薬を漫然と、それも長期間にわたり処方されているケースは少なくない。消炎鎮痛薬ではなく、まず抗痙攣(けいれん)薬や抗鬱(うつ)薬、抗不安薬(ベンゾジアゼピン)を試してみるべきであろう。また、少量のチアミラール(全身麻酔の導入薬)やケタミン(同じく全身麻酔薬)の静脈注射で痛みが軽減することがあり、この場合には、これらの薬物の持続点滴や硬膜外腔への投与を行う。
(森本昌宏=近畿大麻酔科講師・祐斎堂森本クリニック医師)