ドクター森本の痛みクリニック

Dr. Morimoto’s pain clinic ドクター森本の痛みクリニック

26 鎮痛の仕組み

「痛いの痛いの飛んでけ」

幼い頃、机の角に頭をぶつけた時、母親に「痛いの痛いの飛んでけ」と頭を擦ってもらっていると、眼から火が飛び出るくらいの痛みが不思議と楽になった。そんな経験をお持ちの方も少なくはないだろう。私などは痛みの診療を専門としているものの、向こう脛(ずね)を打ちつけた時には、思わず「痛いの痛いの飛んでけ」と呟きながら脛を擦ってしまうのである。

この痛い部位を擦る、圧迫するといった無意識の動作は、実に理にかなっている。これらの刺激が脳への痛み情報の伝達を抑制するのである。

一九六五年に、メルザック(カナダの生理学者)とウォール(米国の生理学者)が発表したゲート・コントロール・セオリー(門調節系説)がこの不思議を解き明かした。頭をぶつけた、向こう脛を打ちつけたことによる刺激は、侵害受容器(末梢(しょう)神経の末端に露出している)を興奮させる。その興奮が末梢神経によって脊髄(せきずい)、脳の痛み中枢へと伝えられるわけであるが、脊髄の入り口には門番が待ち構えている。門番役の神経細胞(脊髄後角の膠(こう)様質細胞)が脊髄の入り口にある門を開閉して痛みの情報が脊髄に伝わることを調節しているのである。擦る、圧迫するといった刺激は末梢神経のAベータ線維(太い線維)によって伝えられるが、この情報が門番を「腹いっぱい」の状態にしてしまい、本来の痛みを伝えるAデルタ線維やC線維(細い線維)からの情報に対しては門を閉ざしてしまう。

十七世紀、フランスの哲学者、デカルトは、『教会の鐘理論』として刺激の強さと痛みの強さが比例するとした。しかし、このデカルトの理論に反する事実が多く存在する。ゲート・コントロール・セオリーはこれらの事実を解明したのである。

さらには、何かに集中していれば痛みは軽くなる。これは太い末梢神経線維からの枝が脳に達していることから、脊髄以外のいろいろな部位にも門番が存在することで説明される。つまり、精神活動や記憶などに応じて、これらの門番が痛みを変化させるわけだ。痛ければその部位を擦ってみることである。「痛いの痛いの飛んでけ」のおまじないを呟きながら。

(森本昌宏=近畿大麻酔科講師・祐斎堂森本クリニック医師)

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