Dr. Morimoto’s pain clinic ドクター森本の痛みクリニック
56 しゃっくり
思いがけない疾患潜む場合も
今回はほとんどの方が一度は経験され、甚だ不愉快な思いをされただろう「しゃっくり」がテーマである。「吃逆」と書き、キツギャクとも読む。ヒト以外の哺乳類にも見られるため、あくびや咳(せき)と同じ原始的反射のひとつと考えられている。通常は自然に終息するが、時として思いがけない疾患が背後に潜んでいることがあるので、油断は禁物である。
しゃっくりは、横隔膜や肋間筋(ろっかんきん)の痙攣(けいれん)によって起こる。横隔膜が痙攣し、その際に吸い込んだ空気が急激に閉じようとする声門を通過することで、特徴ある「ヒック」との音をたてるのである。
一般的には、食べすぎや早食い、炭酸飲料やアルコールの摂取、ストレスなどが原因となる。これらに対しては、周りの人に驚かしてもらう▽息を吸い込んでこらえる▽鼻にこよりを入れてくしゃみをする▽舌をひっぱる▽砂糖・酢・氷水などを一気に飲み込む▽悪臭をかぐ―など、昔からさまざまな方法が試みられてきた。
一方で四十八時間以上続くものを「難治性吃逆」と呼ぶ。食事や会話、睡眠などの動作が制限され、体力を消耗させるので、たかがしゃっくりとあなどれない。持続期間のギネス記録保持者は、米・アイオワ州アンソンのチャールズ・オズボーンさんである。豚を殺した途端に起こったしゃっくりが、1.5秒ごとに六十九年五カ月間続いた(豚の呪いは恐ろしい)。さらに米国では、しゃっくりを騒音であるとして、離婚に至った例もあるそうだ。くわばら、くわばら。「しゃっくりが一週間以上続くと死ぬ」との噂を耳にしたことがあるが、これは嘘である。ご安心を。
しかし、脳出血、脳梗塞(こうそく)、脊髄(せきずい)空洞症、多発性硬化症、頚(けい)部の腫瘍(しゅよう)、食道や胃腸の障害、尿毒症、アルコール中毒などが原因となることもあり、四十八時間以上続けば、医療機関を受診されるのが賢明だろう。
種々の検査の結果、原因が明らかな場合はその治療を。不明な場合は眼球や頚動脈の圧迫、胃チューブの挿入、炭酸ガスの吸入、咽頭(いんとう)部へのリドカイン・スプレーの噴霧、さらに種々の薬物(鎮痙薬、向精神薬、抗てんかん薬)の投与などが行われるが、まだ確実な治療法はない。ペインクリニックでは、横隔神経ブロックや第四頚神経の神経根ブロック、低周波置鍼(ちしん)療法、芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)や柿蒂湯(していとう、柿のへたのエキス)などの漢方薬の投与で治療効果を得ている。
(森本昌宏=近畿大麻酔科講師・祐斎堂森本クリニック医師)