Dr. Morimoto’s pain clinic ドクター森本の痛みクリニック
102 がん性疼痛
麻酔や神経ブロック療法を
がんで亡くなったUさんの奥さんからお手紙をいただいた。「主人は痛みに苦しむことなく、最後まで自分が死ぬのだといった恐怖心を抱くこともなく、安らかに永眠しました…」とつづられていた。Uさんは四十八歳のとき、私共の外来を受診された。奥さんは「胃がんの手術を受けましたが、腹膜転移があり、あと半年と宣告されています。痛みを取り除いてやってください」と訴えられた。
昭和五十六年以降、日本人の死亡原因の第一位はがんであり、四人に一人ががんで亡くなっている。また、末期には70~89%の患者さんががんに起因する痛みに苦しめられている。痛みは食欲不振や睡眠障害、さらには不安や恐怖をもたらして、人間らしい生活の基盤を根底から覆してしまう。
これに対して、世界保健機関(WHO)は一九八六年、「三段階方式のがん性疼痛(とうつう)治療ラダー」を発表、モルヒネなどの麻薬の使用を推奨している。しかし、このWHO方式に即した治療が必ずしも定着しているとは言いがたい。
がん性疼痛はその原因別に三つに分類される。①内臓神経痛②体性知覚神経痛③神経因性疼痛―である。これらのうち②の一部、③による痛みに対して麻薬は無効である。TVドラマ「ER」の中で、乳がんの骨転移による痛みに対して「まずモルヒネを投与」とのシーンがあったが、これは誤りである。
Uさんには、永久的神経ブロック療法を勧め、入院していただいたが、入院後も激烈な痛みを訴えられ、ナースコールをたびたび繰り返された。入院三日目に、予定通り腹腔神経叢(そう)ブロックを施したところ、痛みは完全に消失し、翌日には笑顔で退院された。
Uさんの奥さんから冒頭のようなお手紙をちょうだいしたことは、痛みの治療に従事する者には何よりもありがたく、大きな励みとなる。今後とも、がん性疼痛に苦しむ患者さんを一人でも多く、痛みから解放できるようにとの思いを新たにした。最後になったが、Uさんのご冥福(めいふく)を心からお祈りしたい。
(森本昌宏=近畿大麻酔科講師・祐斎堂森本クリニック医師)