Dr. Morimoto’s pain clinic ドクター森本の痛みクリニック
103 モルヒネ
安易な使用、増量、中止は避けて
世界保健機関(WHO)は一九八六年、三段階式の「がん性疼痛(とうつう)ラダー」を発表した。さらに「患者の生活と生き方の双方を根底から阻害する持続性の激痛に対して有効な治療法があるのに、その実施を怠る医師には弁明の余地はなく、倫理的にも許されがたい」と勧告し、モルヒネの使用を推奨している。
柳田邦男氏の著書『「死の医学」への日記』には、武田文和医師(埼玉医科大学客員教授)がわが国の代表としてこの「WHO方式」の治療ラダーの作成と臨床試験のために奔走した様子が描かれているが、その真摯(しんし)な姿は読む者の胸を打つ。
以上の経緯から、モルヒネを少しずつ放出する錠剤(MSコンチン錠)や坐剤(アンペック坐剤)が相次いで発売された。事実、医療用モルヒネの消費量はこの二十年間で約百倍に伸びているのだ。
モルヒネの名称は、ギリシャ神話のMorpheus(造形者)という神の名に由来する。Morpheusは「眠りの神」Somnusと「夜の神」Nox(夜想曲ノクターンの語源)を両親に生まれた。つまり、Morpheusは両親のDNAを受け継ぎ、まずは「眠り」をもたらして痛みを取り去るのだ。
この語源にもあるように、モルヒネ投薬初期には眠気が出現する。また95%で便秘、30%で吐き気などの副作用をみる。さらには安易な増量により他の副作用、突然の中止で身体的依存が出現する。したがって安易な使用、増量、中止は避けるべきである。
加えて、「WHO方式」の誤った理解や、モルヒネ偏重が存在することも問題である。がん性疼痛に対してモルヒネが望ましい効果を発揮することに疑いの余地はない、と同時にモルヒネが効かないがん性疼痛があることも事実なのである。
「モルヒネを大量に投与しているが、痛みが軽減しないので、さらに増量すべきか」との相談を受けることがある。この場合には、モルヒネの量が不十分なのではなくて、はなから効かない痛みなのである。がん性疼痛に対しては、MSコンチン錠ならば日に200㎎までが妥当な量であろう。
(森本昌宏=近畿大麻酔科講師・祐斎堂森本クリニック医師)